12月。
今年最後の美術館めぐりとして
渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の
「ベルナール・ビュフェ回顧展 – 私が生きた時代 -」へ行ってきました。
ベルナール・ビュフェの作品は線の描写が独特で
昔からなんとなく苦手意識のようなものがあり、
今まできちんと見ることを避けていました。
ただ今回、大規模な回顧展を開催しているとのこと。
せっかくの機会なので、“きちんと”とまではいきませんが…
向き合ってみることにしました。
年齢のせいか趣味、嗜好が凝り固まってきていたこともあり
逆に「何か新しいものに触れたい、刺激を受けたい」
という気持ちが最近強くなったのかもしれません。
初期の作品。
空のワインボトル。
滑り落ちそうなアイロン。
少し開けられた空の引き出し。
ビュフェは戦後すぐに弱冠19歳で画壇デビューし
1948年にはパリで最も権威のある新人賞・批評家賞を受賞、
一躍脚光を浴びたそうです。
観る人を不安にさせ、ザワつかせる縦横無尽な線。
わずかな色味を残して、ほぼ灰色の色彩。
なんだか水分がない?というか、乾ききった世界に見えます。
からっぽな静けさの中に見え隠れする、言葉にならない激しい感情。
そんなものも感じました。
観ていて居心地が良いものではないですが、何かがすごく惹きつけられます。
不可解で緊張感のある初期の作品群は
虚無と不安が蔓延していた戦後の人々の眼には、
かなり切実に映ったのだと思います。
そしてそれは決して過去のものではなく、
展示会場の冒頭文にもあったように
ウイルスに翻弄される現代の人々にも
何かしら心に響くというか、刺さってくるものがあるようにも思いました。
1950年代の作品。
少し色彩が生まれたように見えました。
ビュフェのことを何も知らずに見れば、おしゃれな絵のようにも見えます。
でもよく見ていると、どこか不安定で、
暗い深刻な影を抱えこんでいるようにも感じます。
ビュフェは南フランスの光溢れるプロヴァンスに移り住みますが
他の画家たちとは対照的に
描かれる風景画は、やはり色彩を抑制された荒涼とした世界ばかり…
「サーカス」シリーズの1点。
派手な星柄の衣装を纏った虚ろな目の道化師。
サルトルの実存主義や、 カミュの不条理の概念と結びつけられ
戦後画家の代表、時代の寵児(スター)に成り上がってしまった
ビュフェ自身のよう。
でもその表情は決して晴れやかなものではなく、
なんとも言えない淋しさや空虚さを感じさせます。
絵の大きさと、絵の具の厚塗り、ダイナミックな構図に圧倒されました。
暴れまわる真っ赤な馬(感情)と、
それを制御してなんとか乗りこなそうとする男。
見ている側も感情を揺さぶられる、苦しくなるような絵です。
おそらくこれもビュフェ自身。
冷静に見守る女性は妻のアナベルでしょうか。
目を背けたくなるような迫力。
厚塗りされた絵の具のギラギラした質感も相まって、
凝視できないくらい痛々しい絵でした。
道化の皮を剥がすとこうなっているんだ、ということでしょうか…
ものすごいエネルギーの爆発。
初期からずっと見え隠れしていた激しい感情が
ついに制御できずに解放されてしまったかのよう。
見ているのが辛かったです。
1970年代には落ちついた静物画も描いていたようです。
この絵も彩度は低いですが、どこか温かみがあり
静かな安らぎのようなものが感じられて好きでした。
1981年、53歳の時の自画像。
現実での写真は穏やかな笑顔なのに
自画像はちょっと心配になるくらい顔色が悪いです…
多くの名誉ある賞を受賞し、日本には自身の美術館も出来、妻と幸せに暮らすも
精神的には何かが癒されていなかったのかもしれません。
胸(心)に手を当てているのも、意味深です。
大作「ドン・キホーテ」シリーズの1作。
画像は小さいですが、実際はとても大きい絵です。
こちらもおそらく主人公と自分自身を重ねて描いているのだと思います。
現実と理想の狭間で、悲劇的であり、同時に喜劇的な人生。
様々な戦いに翻弄され、ズタボロに疲弊した主人公の姿には
グッとくるものがあります。
この絵を見ているとビュフェにとって絵を描くことは
何かと必死に戦うことだったのかも、と思えてきます。
ビュフェは晩年にパーキンソン病を患い、
残念ながら2000年の個展を前に71歳で自ら命を絶ったそうです。
ビュフェの作品に関しては様々なことが語られますが
今回の展示会を通して1番感じたのは表現への圧倒的なエネルギーでした。
何がビュフェをここまで突き動かしたのでしょうか…
何かが足りない、失われている、という思い。
戦争や貧困、最愛の母との死別、暖かい家庭の欠如。
満たされない空虚感。
本当のところはわかりませんが
描くことによってのみ魂が救われると思えてくるような
ビュフェの残した膨大な作品群を前にして、
そのエネルギーと才能と生き様に
ただただ、圧倒されてしまいました。